East gate,Open the sea.

飽きるまで推す

2021年も12人の怒れる男が熱かった

12人の怒れる男の感想。前記事の続き。
8/15に東京Bチームも観た。大阪Bだけ観てない。

思い付いた順
推しのまばたきは以下略
おおむね個人的な感情
観ていない人にはわからないネタがある。

 

・東京B8号
去年と全然違う8号だと開始5~10分くらいでわかって大興奮してしまった。8号……去年は「いい性格してますね~~」というようないやらしさがあってそこが大変に好きだったのだけど今年はなんかちょっと気弱な感じで姿勢も猫背気味で今まで観たどの8号ともまた違ってよかった……そういう8号もいるのか……。最初の決をとるときに「無罪の方」って1号が言って手をあげるまでにけっこう間があって「迷っている」のが見てとれた。
気弱な人が、確信はないけど疑問があって、その疑問をそのままにできずに勇気を出して異を唱えているように見えた。個人的には昨年のいやらしい感じの8号が好きだけど、昨年と全然違っておもしろかった(強くない人間が勇気を出して意見を言って逆転するのは見ていて胸を打たれることもあるけどそれだと常に強い人間は立場なくね?! と思う)。
序盤は自信なさそうに手をあげたり「わかりません」っていうのにどんどん興奮してきて顔真っ赤にして意見を言う。昨年のちょっと人をおちょくるようなどこか余裕のある8号と全然違うのでこういうのを観られるので推しが出ていないチームも観たくなるんだよな……(何度も書くけどランブロがないおかげでチケットが増やせました! やったね!!!!)
雨降ってきて窓閉めようとして、1号が代わってくれた後に濡れたスーツをハンカチ出して払うシーンが昨年好きだったのだけど今年もB8号はハンカチで水を払っていたのでまた「見える……見えるぞ……濡れたスーツが……!」とムスカになってしまった。

あと去年どうだったか忘れたけどラスト、泣き崩れた3号に上着着せてあげるシーンで破かれた写真拾うのも手伝ってあげてたのが記憶に残った。

・東京B11号
興奮して観た直後Twitterに書いたのを編集して再掲する。

B11号の11号を何度も観たけど今年は特にあからさまに「外国人」っぽい話し方をしていた。英単語がまざったり「少年」の発音が「しょうねん」と「しゃうねん」の間のような音だったり、言葉がなかなか出てこなかったり、12号話しかけられても意味を理解できていなさそうだったり。その中で個人的に特に「絶妙~~!」と思ったのは「来るだったら」っていう言葉遣いで、「来るんだったら(もしくは来るのだったら)」が正解だけどそこに「ん」が入る意味、日本人だけどわかってないので「うまい!」と膝を叩きそうになった。
もしかしたら以前からそうだったかもしれないけど、今年は覚えてるかぎりで「んだったら」のところ全部「ん」が抜けていて文法は頭に入ってるけど日本語を母国語にしている人間が感覚的に覚えているところが抜けてるように感じられたのでぜ、絶妙だ……と思った。ここの「ん」とか「の」ってなんだ?! 「来るのだったら」の「の」の撥音便化で「ん」になってるのかと思ったけど違うし助詞かと思って調べてもわからん。今まで気にしてなかったけどなんだこの「ん」。と、マチソワ間に日本語であそぼになった。
B11号を私は毎年見ているはずなのに「新しい11号だ」と嬉しくなってしまった。

・ここまで書いて思い出したけど私はこの舞台を正直むちゃくちゃに観ていてもしかしてそろそろ飽きてきているのかもしれないとそうだ、B11号を見ているときに思ったんだ。
いくら話がおもしろくても、3年でうん十回と観ていたらさすがに飽きる……というわけではないが、「知っている」となってしまう。ここ最近、印象に残るのってどうしても「台本と違った点」「キャストが代わって昨年と違った点」「同じキャストが演じ方を変えた点」なんだよな。台詞の言い回しが変わってたり本来台本にはない台詞をアドリブでいれたり。
何度も観たのでちょっと違うとけっこうすぐ気づく。こと推しに関しては当然注目して見ているので大阪2日目に7号に「あんたが一番こじらせてんだよ」の「一番」が抜けたな……とか、14日は「自分じゃ気づかない人ばっか」だったけど15日は台本どおりだったよなとか、「人の言葉尻つかまえてあーでもないこーでもない」をしまくっている。

うまく言えないけれど「なので毎年変えてくれ」というわけではなくこの楽しみ方であってるのかわからんくなってきたというか、ここまで来て「人の言葉尻つかまえて(略)」な楽しみ方でええんか……? と考えさせられた。
通いまくった舞台は他にもあれど「おなじ演目」を繰り返しこんなに観ることってそうないので、もうこういう楽しみ方しか私はできないかもと思うとなんかもったいないというか、記憶消して観たいな~~。
しかし「推し」目的で観に行ったはずなのにいまは「舞台」を楽しみたいと思っているので、そう思わされたことについてここまで書いていて気がついたので「恐ろしい舞台だぜ……」と思う。
一周回って推しのまばたきだけに注目してみることもできるけど。

己の中に湧いたこの疑問に答えもオチもないけどとりあえずB11号が素晴らしく、その素晴しさと例年との違いに急に「はっ!!!!!」と気づいた。
どうせ私は来年も「例年と違ってこうだった」というような楽しみ方をするんだろうとは思う。

閑話休題

・11号続き
私が好きな7号とのシーン、東京B7号は大阪A7号でやはりこの7号に対しては「ガキ」扱いをするんだな~と思った。
東京B11号は「私たちには重い責任がある~」のシーンで泣かんばかりの勢いで話していて熱かった。

 

・10号
東京B10号さん、4号をされているのを何度も見たけど、個人的には10号、好きだな……。茶々の入れ方というか口の挟み方? がよかった。
A10号もそうだけど台本にないちょっとした一言みたいなのを本筋の邪魔にならない程度に言うのがうまい気がする。A10号、鍵あける音がしたのに守衛さんがなかなか来ないシーンで「となりと間違えたのかな」みたいなことをパッと言ってて臨機応変だ……と思った。

最後に退出するとき、東京Aで10号と5号はこうヒラッと格好いい上着の羽織り方を二人同時にして目が合う、という演出で「映えるな……」と使い方あってない気がするけど思った。よいヒラみ。

・東京A6号
昨日も書いたけど、書き忘れを思い出した。15日はしていなかったけど14日は飴をもらった後、たぶん舌で頬を丸く膨らませていて芸が細かいな~!と観ていて楽しかった。
エアコン見た後も「手が汚れている演技」をハンカチ借りるまでずっとしていてそれがなんかよくて注目してしまった。

 

・東京B9号
初めて見る方で、扇子でトントンしてる7号から自らの手で扇子を奪って止めさせるシーンが好きだ。
私はたぶん強い人間が好きなんだなあ。
他の人がちょっとなんかひっかかることを言ったときに、口を挟まないけれど立てた人差し指を激しく動かす、みたいなことを何度かやっていらっしゃったのを見た。かなりそれをする頻度が多かったのでご本人の癖ではなくそういう演出というかキャラ設定だったのではと思った。

・東京B2号
大阪A2号と同じ方で昨年も見たけどBのときちょっと強気で扉役頼まれた東京B4号に「なんで水なんか飲んでんの!」みたいなこと言ってコップ奪って捨てるシーンが意外性あって好きだ。


・東京B4号
昨年、また大阪Aのときより静かだったように思う。
大阪のときは10号に「黙れ」って言うシーンで音高く机を叩いていたけど東京ではしずかに言っていた。

あと大阪Aのとき12号に「あなたはどう思う?」って聞くシーン、「わからない」と返事した12号に「わかんないわかんないって何しに来たんだあんたは」みたいことを言う日があって「あっ……!(最高)」って思った。

 

・東京B1号
「ガキ」と言われたときの怒り方に注目してたけどこの1号の怒り方も「理解できる」と思った。怒っているのをこらえてわざと笑ったように言っていた「失礼な人だなあ」という一言が印象的だった。
3号が出て行った息子の話をしているときに話の本筋がそれていることにいらついたようにとんとん机をたたいていたり、推しの1号がしないような「いらついているのをそれとなく表現する」というのがたまにあってこの1号の解釈も好きだ。
そういえば東京公演、見た限りでは「ラグビー部にいるいい選手」が自チームではなく相手チームになってたな。


・推し
東京B9号の人差し指を動かすくせは演出なのかなと思いながら、それを考えると推しはこの舞台でめちゃくちゃ舌で唇をなめる回数が多くてくせなのか2時間でっぱなしだから唇が乾燥するのかと思っていたけどそういう設定なのかな。他の舞台に出た時に比べて話しはじめる前に唇をなめることが多いように思う。

上着を脱ぐタイミングが14日は7号と9号の話を噛みしめるように聞いた後脱いでたけど15日は5号のナイフの使い方の話の後くらいにはもう脱いでいたように思う。このあたりの「日によって微妙に違う」って毎日話し合って決めているのかアドリブ的な感じで演じている人に任されているのか気になる。

10号が「スラムの連中は~」と話しはじめてみんなが無視するシーンで日によっては推しが10号につかみかかる日があったのだけどよかった。

 

楽日、ガキと言われて景気よくキレていた。
「ガキとはなんですか」と言うのがいつもより早くてそのあとの台詞を言う時も唇が震えて怒りと悔しさみたいなものがにじみ出ていた。椅子にも乗って耳まで赤くして怒る推し。

昨年の同舞台の感想から引用すると

「推しの1号の怒り方、というか私が「推しのキレ芸」と勝手に呼んでいる他の舞台でもよく見る「急にキレる推し」というのがあって、それは怒りが1から10まであるとすると2くらいから一気に8~9まで飛んでいくような怒り方で私はそこにやや違和感を感じることがある。落差が激しくて急にキレたように見えるので「推しのキレ芸」と呼んでいる。」

私はいまいちこの「推しのキレ芸」が理解できていなくて見ると「?」になってしまうのだけれど「そういう芸風なのだ」と思うことで納得しようとしている。
私は1号に対してそういうキレ方をする人間ではないと解釈をしているけれど、推しは「推しのキレ芸」があるので推しの1号はそういう怒り方をする。もしくはそういう指示があるのでそういう怒り方をする、というあたりでなんとか納得しようとしている。しかし書いていて思ったけれどこれは私が解釈固定派の過激オタクなだけでは……??

でも今年、知っている「推しのキレ芸」ではあったけれど泣くほど怒る推しを見て「つまり赤子が癇癪を起したみたいなもんか」と新しい解釈もできたのでおもしろかった。ガキだーーーー!!!


カテコで前を向けないほど泣いていた推し。
もらい泣きするタイプでもなくそもそも私は全然泣かない人間なので演技以外のところで推しに泣かれると「な、泣いてる……」とかしか言えなくなる。反応が10号のそれに近い。昨年の楽日には泣いていなかったと思うけど、今年はなにが琴線に引っ掛かったのだろうか。
私の推しの推し方は「わからないので理由を知りたい」という興味からくる部分もあるように思う。

私は推しを推すことに重い責任も軽い責任もないけどわからないのでいつも考えている。推しはいったいどういう人間なのだろうか。
まあもちろん「いつも」と言っても四六時中というわけではなく絶えることなく定期的にという意味です(正確に言う)。

でも4号と8号がけっこう早口で言い合うシーンで、「発言している方」を見るせいで視線が忙しなく動いて、右見てまばたきしながら視線を動かし左を見る、また右見る、みたいときが最高に好きなのでそれまでいろいろ考えていたのを投げ出して「最高~~~~! 300点!!!!!」みたいな感想しか言えなくなった。
推しがまばたきをすると「世界平和!」になってしまう。
昔、3の倍数のときに馬鹿になるというネタをやる芸人がいたと思うが私にとっての推しのまばたきはそれなのかもしれない。
つまり推しの1号にとっての「ガキ」もそれみたいなものなのでは……?
「ガキ」に反応する癇の虫でも飼っているのかもしれない。

 

・そういえば調べたところ12人の怒れる男はもとは1954年のテレビドラマが最初らしい。
毎年ぼんやり思っていたけれど、「老人が嘘ついた」のは「なぜそんな嘘を?」となるのに「女性が眼鏡を外してきた」にはみんなすんなりと「若く見せるため」という理由で納得するのを見ると、私は若干のひっかかりを覚える。
これもうまくは言えないが、今年は「お年寄りはコンタクトしないんじゃないかな」になっていたけどもしこの目撃者の女性が男性だったら、全員一致で終わることは今も昔もなかったのではないかと思う。あの一連の流れに薄い膜みたいな差別……ではないけど「一定の年齢以上の女性に向けた嘲笑」みたいなものが60年経っても色褪せず残っている気がするので「いいねえ」と思ってしまう。正確に言うとよくはないんだろうけど、この思い込みとか差別とかをテーマにしているこの舞台で、でも変えると話が成立しないので今後もそこは絶対に変わらないのだろうなと思うと半笑いしながら「いいねえ」と言いたくなる。

60年前にこの話を考えた人も、きっとそんなことはなにも考えていないんだろうな、と思うのでいいですね~~~。

 

とりあえず今年も熱い暑い夏だった。
来年もやってほしいしもしやるなら推しがいなくても観に行くけれど、もし推しが出るならそろそろ1号以外も見たいところである。